大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高知地方裁判所 昭和42年(ワ)381号 判決 1968年7月31日

原告

上村正教

被告

株式会社土佐生花市場

主文

被告は原告に対し金三二五、四四九円及び之に対する昭和四一年二月二七日より完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は五分しその四を原告の、その一を被告の負担とする。

本判決は第一項に限り仮に執行できる。

事実

(原告の申立)

被告は原告に対し金二〇〇万円及びこれに対する昭和四一年二月二七日以降支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並に仮執行の宣言を求める。

(請求原因)

(一)  訴外松坂芳男は被告会社の被用者であるが、昭和四一年二月二六日午後四時二〇分頃、被告会社のため被告会社所有の普通貨物自動車を運転して高知市入明町一番地附近道路上を東から西に向つて時速約四〇粁で進行中、俄かに対向車の進路に向け方向転換し、其の際同所を西から東に向つて自己の進路を守り時速約二〇粁で進行していた原告運転の原動機付自転車に接触させて人車諸共跳ね飛ばし路上に顛倒させ、原告は頭部を強打し、翌日午前九時まで人事不省となり、治療二カ月を要する左足及び右腕の骨折の傷害を受けたが、更にその後遺症により左眼を失明(回復の見込なし)し、且つ右腕を喪失(上腕部において切断)にいたり生涯不具者になつた。

(二)  事故当時、事故現場は前後左右に東行西行の各種車馬ひしめく夕方のラツシユアワーであつた。かかる場合、普通貨物自動車運転者としては、速度も落とし他車の動静間隔に留意し、苟くも対向者の進路に侵入するが如きことはあつてはならない。然るに松坂はこの義務に違背し、速度を落とすことなく俄かに方向転換して原告の進路に侵入し、自車の前右側バツクミラーを自転車のハンドルを持つた原告の右腕に接触させたものである。原告としては瞬間的になされた松坂の方向転換に対処する余猶なく、これを避けることは当時現場の状況下では不能であつた。本件は全く松坂の運転技術の拙劣と交通法規違反の過失によるものである。

(三)  原告は右受傷により生涯就労不能となり次のような損害を受けた。

(1)  失業損失金三、九二八、〇五七円

原告は明治四〇年五月一七日生まれで事故当時満五八才の健康男子でペンキ塗装請負業を営み、年額七〇万円を下らない収入を得ていた。厚生省大臣官房統計調査部第一〇回日本人生命表によると満五八才の日本人男子の平均余命は一六・三五年、就労可能年数は七・八年である。従つて原告が本件事故に会わなかつたならば、向後尚一六・三五年即ち七四・三四才まで生き、満六五・八才まで七・八年間塗装業に従事し、合計金五四六万円を下らない収入を得べかりしこと確実である。この額をホフマン式計算法により民法所定の年五分の割合による中間利息を控除し、本件事故当時の一時払額に換算すると金三、九二八、〇五七円を下らないことが明らかである。

(2)  治療費金四七〇、九八一円

内訳

金三三五、九八一円 松田病院払

金六〇、〇〇〇円 日赤病院払

金七五、〇〇〇円 附添婦近森ミドリ払

(3)  原告は小資本ながら独立してペンキ塗装請負業を営む商人で、財産として格別なものなく社会的地位も高くないが、若い時から身につけた塗装技術と健康な体躯に恵まれ、安定した生活を楽しんでいたところ、本件事故により左眼失明(視力回復の見込は全くない)右腕の上腕部から切断して日常の起居寝食にも人手を借らなければ生活することができない生涯の不具者となり、就労不能、手術痕の絶え間ない疼痛、収入絶滅による生活不安等精神的苦痛は筆舌に尽くし難い。これを金銭で慰藉することは到底不可能であるが、敢えてこれをなせばその慰藉料は金二〇〇万円を相当とする。

(四)  しかるところ原告は昭和四一年五月頃金三〇万円、昭和四二年三月二九日金一〇〇万円、合計金一三〇万円を自賠法保険金として受領した。

(五)  被告会社は松坂運転の貨物自動車の保有者であり、本件事故は松坂に右自動車を自己の運行の用に供していた際に発生したものであるから、原告に対し本件事故によつて生じた総べての損害を賠償する義務がある。

そこで原告は被告に対し右(三)の(1)乃至(3)の総額より右利得金を控除した金五、三九九、〇三五円の内金二〇〇万円及び右に対する事故の翌日たる昭和四一年二月二七日より支払済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及ぶ。

(被告の申立)

原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。

(請求原因に対する答弁)

請求原因(一)中、訴外松坂芳男が被告の被用者であること、被告が右松坂運転の普通貨物自動車の所有者であること及び原告の主張の日時場所で両車が接触し、原告が負傷した事実を認めるが、事故の態様、負傷の程度を争う。同(二)争う同(三)不知同(四)認める同(五)争う。

(被告の主張)

(一)  本件事故は専ら原告の無免許、飲酒、センターライン突破、前方不注視、急停車不措置等の無謀運転に起因するもので、右松坂の運転に過失がなく、且つ被告所有車には構造上の欠陥もなかつたから被告には損害賠償責任はない。

(二)  仮に右主張が容れられないとするも、本件事故発生につき原告には右のような無謀運転による重大な過失があるから過失相殺さるべきものである。

(被告の主張に対する原告の答弁)

右各主張を否認する。

(証拠) 〔略〕

理由

(一)  訴外松坂芳男が被告会社の被用者であり、昭和四一年二月二六日午後四時二〇分頃高知市入明町一番地附近道路上で右松坂運転の普通貨物自動車(以下被告車という)と原告運転の原動機付自転車(以下原告車という)とが接触し原告が負傷したこと及び被告車が被告の所有であることは被告の認めるところである。

(二)  しかるところ被告は自動車損害賠償保障法三条但書の免責の主張をするので考えるに、〔証拠略〕を綜合すると次の事実を認めることができる。

右日時頃、右松坂は被告会社の業務として高知市東部より花を集荷して之を同市上町の被告会社に運送するため被告車を運転して右道路を西進中であり、一方原告は事故直前二箇所で約一合の焼酎を飲酒且つ無許可で原告車を運転し自宅に向い東進中であつた。被告車は時速三五乃至四五粁で道路左側(南)を西進中、本件事故現場附近(北側に向う道路と丁字路となつている最小幅員約一二米)にいたり前方約三五米先をほゞ同速度で対向してくる原告車が蛇行しながらセンターラインを越えつゝ進行してくるのを発見し、之を避けようとして右(北)にハンドルを切りながら約一四米進行したところ、原告車は今度は北側に向きをかえたので衝突の危険を感じ再び左(南)にハンドルを切りつゝ急停車の措置をとつたが、停車直前被告車の右前部と原告の肩又は原告車の右ハンドルと衝突し、原告は路上に転倒して負傷した。原告本人の尋問の結果中、原告車は左側進行を維持していたこと、及び被告車は原告車を注視せず同所丁字路の北側道路に進行すべく、いきなり右折し道路右側(北)で原告車に衝突したとの部分は右各証拠に照らし措信できず他に右認定に反する証拠はない。

そこで右松坂に過失がなかつたか否かを考えるに、右認定のように被告車は前方約三五米に原告車が蛇行運転してセンターラインに向つてきているのを発見したのであるから衝突の危険を予知し直ちに急停車の措置又は少くとも徐行の措置をとるべく、またとり得た筈であり、若し被告車が右措置をとつていたならば衝突の回避の可能性なしとしない。また原告車はセンターラインを越え被告車の進路に侵入してきたこと前認定の通りであるが、被告車がより左側(南側)にハンドルを切つて避譲する余地がなかつたと迄は認められず、若しこの措置をとつていたならば同様衝突の回避の可能性なしとし得ない。この点でも右松坂の運転に全く過失がなかつたとすることはできず、被告は被告車の運行供用者として原告に対し損害を賠償する義務を免かれない。

(三)  そこで原告の損害について考えるに、〔証拠略〕を綜合すると次の事実を認めうる。

(1)  原告は本件事故により直接右手右足打撲擦過創、胸部打撲傷、右尺骨開放性骨折、頭部打撲切創、右足第五中足骨骨折、右第三指骨々折の傷害を受け、その治療方法の結果又は後遺症として右上腕切断の手術を受け且つ両眼視神経萎縮による視力の喪失乃至減退(右〇・一 左〇)をきたした。その結果原告は収入を得べき労働につくことが不可能となつたものと認められるところ、原告は事故当時五八才で統計上一六・三五年の余命がありペンキ塗装請負業を営み月額少くとも四万円の収入を得ていたものであり今後六五才迄之を継続する蓋然性は大なるものと認められ、この間七年間の得べかりし三三六万円を失つたことになり、この額から本件事故当時を基準にしてホフマン式計算方法により月毎に民事法定利率による中間利息を控除すると金二、四八八、六二三円となる。

(2)  次に原告の治療費の請求について考えるに、原告は本件事故により直ちに高知市内の松田病院に入院し治療を受け、同年六月二九日同市内の日赤病院に入院し右上腕切断等の手術を受け同年九月一〇日退院したことが認められるが、その治療費を自ら支出したのかどうか、仮に然りとしてその額がいくらかについて何ら立証がない。たゞ事故当日より昭和四二年五月末日迄従来よりペンキ塗装手伝いをしていた近藤ミドリに附添婦をさせ金七五、〇〇〇円を支払つたことが認められるのみである。

(3)  そこで慰藉料額について考えるに、前述のように原告は本件事故により重傷を負い約半年間入院しその間の肉体的苦痛は相当大であるものと認められ、且つ左眼失明、右上腕切断による精神的苦痛及び労働能力喪失による生活不安、更に原告は独身でもはや老齢であること前記余命期間等諸般の状況を総合勘案すると金一五〇万円をもつて慰藉さるべきものと考える。

以上合計金四、〇六三、六二三円が原告の損害であり本件事故と因果関係がある。

(四)  よつて被告の過失相殺の主張について考えるに、本件事故につき被告車の運転の無過失の立証がないこと前認定の通りとはいえ、その原因の大半は原告車の無許可(運転技術の拙劣又は無謀)、飲酒、蛇行運転に基因していること明白であり、之に対する被告車の前認定の過失の度合は極めて微弱というべく之に前記諸般の事情を考慮し前記原告の損害額についての賠償につき相殺さるべき原告の過失の割合を六割と斟酌するを相当と考え被告は原告の右損害額の四割金一、六二五、四四九円より原告が受けた自動車損害賠償保障法に基づく保険金一三〇万円を控除した金三二五、四四九円及び之に対する本件事故発生の翌日たる昭和四一年二月二七日より支払済に至る迄民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

(五)  以上の次第で原告の本訴請求は右の限度で理由があるので同限度で正当として認容しその余の請求を失当として棄却することゝし、訴訟費用の負担について民訴法九二条仮執行宣言につき同法一九六条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 浅野達男)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例